今日も アパートの隣から 男女のケンカの声が聞こえる
一応 軽量鉄骨のメゾネットタイプのアパートだが
隣との境界の壁はとても薄い
階段の上り下りの音も聞こえるし
当然 なんのお笑い番組を見てるかもわかる
引っ越してきて 挨拶に行った頃は
まだ隣は 空き部屋で
知らない間に 職人っぽい中年の男性が一人で暮らし始めた
今のご時世なのか 挨拶にも来ないから 会話をしたことは無いけど
明け方に出かけて 夕方を過ぎると 原チャリの音がして
隣のテレビの音が聞こえ始めるから
きっと近所の工場かなんかで何かを作って 定時で帰って来てるのでは
無いかと勘ぐっていた
姿をはっきりと見たことも無いけど
きっと無精髭を生やしているイメージ
名探偵風に言うと 越してきてからもうだいぶ経つのに
集合ポストが未だにテープで塞いだままだから
不精なイメージを持っている
ただ 週末の夜になると 毎度と言っていいほど
彼女との大げんかが 聞こえてくる
余りにもうるさくて 何度か不動産屋に電話をしたこともある
こっちが電話をすると 数分後に隣の着信音が鳴り
少し静かになる
壁を叩かれたり インターホンが鳴る事も無かったので
告げ口主を言わずに注意を促してくれていたんだと思う
ただ夜の声が大きい時は 逆にこっちが壁を蹴りたい気分だった
田舎から出てきて数年の間は パチンコをして食っていた
法改正と共になかなか上手く行かず
今は 毎日 つまらない新商品を 訪問販売で手売りしている
毎日 安売りのカップ麵を食べ
週に一度だけ 土曜の夜は近所の中華屋に行って
餃子と炒飯と 生ビールを一杯
これだけが人生の楽しみの自分に 彼女等で来た事も無く
隣の不精髭が たまに癇に障る
それにしても 今日のケンカは いつもよりも長い
壁や床がドンドンと 音を奏でているから
今日は本気で格闘しているのかも
なんて 笑っても居られないほど 大きな声で
怒鳴る声が声が聞こえた
流石にこれは 近所中に響き渡っているだろうと思い
無職の自分に親身になって
少しだけ訳アリだけどってここを紹介してくれた
不動産屋さんの所に 多方面から苦情が来る前に
電話を入れておこうと 携帯を持った時
とても大きな声で 女性の悲鳴が聞こえた
アパートを借りるには 通常 収入の証明が必要
当然 毎日その日暮らしで パチンコで食べていた自分に証明できるものなど無く
いくつも不動産屋をあたったが 全て断られて途方に暮れていた
そんな時 取り壊しの期限が迫っていたアパートの 隣の部屋の爺さんから
教えてもらった不動産屋さんが
収入の証明がない代わりに 家賃の遅延は許されないが
一つだけアパートのルールに従ってくれれば 貸してくれるという条件で
ここを斡旋してくれた
こんな輩相手に 24時間対応で部屋を斡旋してる不動産屋が言う
訳アリ物件なんて
どうせ 事件が起きた部屋とか 誰か死んだ部屋とか
墓地の前だとか その程度だろうと思い
何も不安も無く 詳しくルールなど聞かずに契約した
あまりのデカさの叫び声で 一瞬ひるんで落とした携帯を拾い
不動産屋の電話を鳴らした
直ぐに出た不動産屋さんに 全ての事情を話し
いつものケンカよりも激しいし 女性の叫び声が聞こえてから
物音が静まり返っているのがなんか 変だと伝えると
不動産屋さんは 今 接客中なので 終わったらすぐに向かうから
何か起きてからだと困るので 先に
以前渡した 書類に 近所の交番の電話番号が書いてあるから
そこに電話して欲しいと言われ 電話を切られた
音のしなくなった 携帯を置き
書類を探し出し 交番の電話番号を探した
大きめに印字されていた 電話番号で 直ぐに分かったけど
確かにアパートは借りられてはいるけど
住民票の届け出も 市民税も収めて無いし
年金も 保険にも加入もしていない自分が
隣の部屋に住む 職人の名前も顔も知らないのに 警察に連絡して
はたして 信じて貰えるのだろうか
しばらく 悩んだが 全く物音がしなくなった隣の部屋の静けさが
返って恐ろしくなり
書いてある番号を携帯で押した
2コール目ぐらいで直ぐに電話を取ったお巡りさんに
とりあえず自分の名前を名乗り 事情を説明した
途中 向こうで何かを調べているみたいな言動があり
お巡りさんからこう言われた
「アパートの住所は確認取れました。今こちらから2人のお巡りさんが
そちらの住所に向かいましたが、ただ住人の所在も何も登録が無いので
悪戯防止の懸念確認の為にも 携帯をお持ちのまま お隣の玄関前まで行き
インターホンを鳴らして頂けますか?」
と 腹立たしい気分には苛まれたが 今はそれどころでは無い
1階に降り 靴を履いてから 先ずドアのスコープで外を除いた
外灯はついておらず薄暗がりであまり見えないが 誰の気配も感じない
恐る恐る扉を開け 隣の部屋の玄関の方を見る
誰も居ない
自分の部屋の扉は 大きく開けたまま
隣の部屋の玄関の前に立つ
そっと 玄関扉に耳をあてるも 何の音も聞こえてこない
電話口のお巡りさんに 玄関の前に来たけど
誰もおらず 何の音すらしない事を伝えると
叫び声の聞き間違えの可能性もあるので
インターホンを押してもらいたいと念を押して何度も言われた
お隣さんが出てきたら 携帯電話を渡してくれれば
こちらから事情は説明するので
とりあえずインターホンを押して欲しいと言われ
流石にこれだけ言われれば 逆にこっちが疑われると思い
言われるがまま 人差し指でインターホンを押した
鳴り響くチャイムの音と同時に カチャッと
ほんの少しだけ 扉が開いた気がした
一瞬たじろいだが それを 電話の向こうのお巡りさんに伝える
「呼び鈴を鳴らしても誰も出て来ないのに、扉が開いているんですか?
もしかしたら 何かしらのトラブルに巻き込まれているのかもしれません。
危険なので そこでお巡りさんの到着を待つか、部屋で待機しててもらって構いません」
構いません の一言は気になったが部屋で待つことを電話口のお巡りさんに告げ
電話を切り 一旦 部屋に戻った
靴を脱ぎ 1階にある冷蔵庫から 飲みかけのペットボトルのキャップを開け
水をカラカラの喉に流し込んだ
その時
若い女性の声で
「 助けて 」
と絞り出すような叫び声が聞こえ
慌てて脱いだ靴を履き 隣の玄関の扉を開けた
扉を開けて 一瞬 怖いくて塞いだ目を開けると
部屋には人はおろか 靴すらなく
扉の開いたキッチンルームに おおよそ80インチ位の
巨大なモニターが置いてあり
映し出された 画面には こう書かれていた
「あなたが最初の悲鳴を聞いてから警察に電話するまでに要した時間は
12分でした。
人種格差 差の非常時における行動力マーケティングにご協力ありがとうございました。」
株式会社 F&Iベンチャー 協賛 田中不動産
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