激務の連勤で 体調を壊し 退社
退社勧告は 個人都合の退社となり
雇用保険もままならない
再就職先も見つからず 返す当ても無い人に
融資をしてくれる銀行など 何処にもなく
夫婦の食事は 日に一度 食パンを焼いて食べるのみ
産まれたばかりの娘に 与える乳すら枯れる
それでも 家族三人 微笑みの中で頬張る
食パンの味は 格別の物
今までのバイト生活で貯めた 全財産を
新しく横浜に出来たIRの バカラですっ飛ばし
借りてはいけない業者から 借りた数万を返すため
数十万を借り その数十万を返すために
数百万を借りる担保にした 内臓を
取れるだけ 切り取られ
死んでるのか 生きているのか 解からない状態で投げ出され
身に付けている物以外
部屋も無く 服も無く 身分証すら売られ
戸籍すらどうなったのかも 解らず
歩いているのか 重力に押されているのか
ただただ 地球の丸さに揺られ
たどり着いた 公園の駐輪場
足の不自由な妻は 空箱の組み立て
コンビニの店員と 何でも屋のバイトで
生計を立てる夫婦の唯一の楽しみは
賃金を貰った日に買う パン屋さんの焼きたて食パン
月に4斤買ううちの 1斤だけ
そのパン屋さんで購入
いつも食べている 8枚切りの倍の値段はするが
美味しさも倍以上
首にされた理由に当てられた 使い込みの借金完済までは
それだけが 唯一無二
いつものように 公園の駐輪場にベビーカーを置き
幼子を抱きながら パン屋さんの中へ
値段は倍以上するが 大きさも倍はあり
マーガリンやジャムの費用を省いても
普段のパンよりも 旨味 甘味が多く
日に 8枚切りを半分づつ食べる食パンよりも
少し多く 2人で分け合える
痩せこけ いつも同じ服装
いつも同じ食パン1斤
お店の店員さんですら 菓子パンを勧める雰囲気にはない
ところが その日の店内は違った
店内に他の客はおらず いつもの店員さんも居ない
自動扉をくぐると 焼き主であろう店主が顔を出し
こちらをジロジロ
1斤の食パンを持ち 1000円札を一枚差し出す
何も言わない店主は
お釣りと 袋に入れた食パン
それと
お店の看板商品の クリームパンが
二つ入ったビニール袋を手渡し
「これ 家の看板商品なんで 口に合うか解らないけど
食べて見て 」
そう言って 受け取ったビニール袋の手元から
目線を娘の顔に
細身の娘の顔を見て にこりと微笑んだ
「ありがとうございます」 張りの無い声
久しぶりに出した声は かぼそく 擦れ気味だったが
あまりの嬉しさに 感謝の気持ちを伝える事も出来ず
店外へ
食べてみて と言った店主
私が店内に入った時に そことなくクリームパンの山を
見つめる姿を 店員さんから 聞いていたのだろうか
足の不自由な妻の分まで
あまりの感動と しばらく感じていなかった人の優しさに
歓喜があふれ出し 目から大量の涙が
歩道の一角にある 公園の駐輪場
幼児たちが 小さな自転車を止めに数人
パンを持ちながら涙しているおじさんは
気味が悪いに違いない
食パンも 頂いたパンも ベビーカーの籠に入れ
園内の水道で顔を洗い
ベンチで涙を乾かすことに
足元がおぼつかず 辿り着いた知らない土地の
知らない公園
経緯を警察に話したところで 彼らは捕まったとしても
自分を救ってくれる 内臓を付けなおしてくれる
法律など 国には無いだろう
こうなった証明書も医者は出してくれないだろうし
売られた身分を買い戻す金も無い
今 ここに居るのは 名も金も内臓も持たない誰でも無い中年
生きる術も 生きてる意味も
生きてるという実感も無い中年
あと何年持つのだろう 数日か
数時間か
それとも 此処が辿り着いた場所なのか
死んだ後に 救急車が来て 警察が来て
身分を明かそうと必死になるが 解らず
身元不明の死体が発見されましたと報道される
DNA鑑定などをして 判明したとしても
ここまでの経緯は 解らないだろう
人として 人を終える事は もう 私には無いだろう
記憶の中に 何かを口にしたのが いつだったのか
浮かんでも来ないほど 何も食べさせられていないのだろう
消化する器官が無いのだから 当たり前か
最後にカレーが食べたいな
ふと 頭に過る
それほど普通に生活をしている上でも
カレーなど食べていなかったのに
軽い疑問の答えは 道路を挟んだパン屋から漂う
カレーパンを作っている匂いからだろう
スパイシーで甘さが漂う カレーの匂いと
パンの香ばしさ
ああ このパンを口に放り込んだまま
眠りにつきたい
空のズボンのポケット あそこまで歩く体力も無く
駐輪場の自転車の間に寝転がる
青空を眺めながら あの時のコールへの後悔
置いてあるベビーカー
幼少期の思い出など もう出て来ない
ふとベビーカーの籠に入っている ビニール袋に目がいった
美味しそうな食パン
今の自分一人では とても食べきれないような大きさ
そう思っていた筈の身体は 自然とその食パンに手を伸ばし
むさぼるように 口に頬張る
飲み込む先に何も無い 身体は突然の侵入者に驚き
悲鳴を上げ 身体の機能に 緊急停止の指令を出す
それでも これでもかと 頬張れるだけ頬張った
ベンチに座って 太陽の力を借り
乾いた目元を 手のひらで拭って
抱っこした娘に声を掛けながら
立ち上がる
クリームパンの大好きな妻が どれ程喜ぶか
どんな表情で 口にするのかを想像しながら
数年ぶりに口にした 広瀬香美の 絶好調 をハミングしながら
駐輪場へ
そこから先の出来事を 文字に起こせば数百文字
声に出して伝えても あっという間だろう
それでも 自分には 相当長い時間に感じた
芽から大木に育つまでの 相当な
動いたのは一瞬
ベビーカーの横で寝転びながら 食パンを頬張る男を見た瞬間
娘を抱いているのも忘れ
喰いかけの転がった食パンにも
次に食べようかと目論んだように 手に握りしめている
潰れて中身の飛び出した クリームパンにも目は行かず
その体に馬乗りになり 何度も何度も 拳を振り下ろした
人だかりが出来 パン屋に買い物に来ていた男性が
無理やり体を引き離すまで 一心不乱に両手で殴り続けていた
救急車と警察が同時に現れ
病院で借りた車椅子に乗った妻が
留置場に現れるまで
何が起きて 何が起こったのか わからなかった
警察から話を聞いた 妻の話しでは
その男に殴りかかった時 その男は既に
死んでいたかもしれない その為の解剖 検視をしている最中で
私が振るった暴力によって 死んだのならば
傷害致死罪で 死ぬ間際まで刑務所だろうと
もしも それ以前に亡くなっていたとしても
過失致死の可能性もあると
泣きながら話す妻を見ても
自分が何をして 何を思って
何故 あのような行動を取ったのか
理解するには 時間が短かった
物語にすれば パンを取られた男が
力に任せ 盗んだ犯人を腕力で抹消した
それだけが話されるのだろう
ニュースを見た人々は
たかがパンで 余程お腹が空いていたのだろうか
買えば良いのに 働けよ
何があっても暴力はいけない
くだらない
どうでも良いよ そんな話し
また誰か死んだよ
恥ずかしいから 世界に流すなよ
私は思う 私はただ パンが食べたいから
盗まれたパンを惜しんで
暴力を 手に 制裁を加えたのだろうか
それとも 私はこういう 人間なのだろうか
そこに どんな思いがあったか
どれ程の思いがあったか
それは 何処にも 誰にも伝わらない
人の物を盗った者が悪いのだろうか
人の物を盗った者に盗られた人が制裁を加えた事が
悪いのだろうか
私たちのような人間が 生きていた事が
悪いのだろうか
誰が誰をどう思うか
誰が誰を裁くのか
我々と 同じ想いの人など
そこにはいないのに
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