新宿の路上で 横たわっていると
道路の側溝から 小さな鼠が出てきた
住む場所も無く 何か まだ食べられる物は
捨てられていないかと 狛江の多摩川から
ずっと 歩いてここまで来た
業界に入ることを夢見て
上京 とても太刀打ちできる世界では無いと
挫折し 地元に逃げ帰る勇気もなく
路頭に迷い
家を追い出され バイトの面接に行く
交通費も気力も無くなっていた
出てきた鼠は これだけの人がいても 隠れたり臆する事も無く
すいすいと堂々と 道路を 横断し
通気口から 大きなビルの中に 入って行った
もう数週間も 食べ物を口にしていないせいか
あの 鼠を 捕まえて食べようなんて
一瞬でも 思ったほど
追い詰められてる自分を 嫌になった
まだ白い息が出る 2月の上旬
次第に体が震え 胸の動悸が収まらなくなり
道行く人に 助けを求める声も出せず
最後に出来た 行動は
大粒の涙が一粒零れただけだった
大の大人が 横たわって 身動き一つしなくても
誰も気にならず 声も掛けず
ただただ 通り過ぎていくのが この東京という
大都会と言わしめる 世界
何か バツっと 全ての物が途切れるような 音がした時
鼻の穴に 生暖かい 何かが入った
出たり入ったりする その物体のせいで
途切れた音が また雑踏に変わった
重たい瞼を そっと開けると
さっきの鼠が 暖を取ろうとしているのか
首元から 衣服の中に入ろうとしている尻尾が
鼻の穴をくすぐっていた
薄目を開けてみている人間など全く気にもしていないのか
その鼠は とても綺麗な毛並みの灰色の尻尾を震わせ
衣服の中の 何かを爪に引っかけ引きずり出した
動く事も出来ない状態のまま
鼠が 引っ張り出した カード入れを捲った時
中から 一枚の写真が落ちた
生意気なことを行って 飛び出した時以来
顔を合わせていない 母ちゃんの写真だった
鼠が 食べ物と勘違いしたのか
その写真を 咥えようと
こちらを向いた時
すっと 自然と手が動いた
それでも動じない鼠が
こちらの顔を 可愛い顔で眺めた瞳は
暖かく優しい瞳に見えた
再び 写真を口にしようとしている鼠から
写真を守ろうと
肩肘をたてて 地べたから這い上がろうと
していた自分に
鼠は 先ほどと打って変わって
鋭い眼光で 小さな体の大きな口を開け
尖った牙を見せ 威嚇した
その姿を見て ひるんだ自分に気が付いたのか
鼠は そのまま 側溝に消えて行った
これが
東京で迎えた 最後の夜の出来事だった
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